占領下奇譚 · 第五話「松川の犬釘」

昭和二十四年八月下旬、福島・松川

翌日の午後、神崎は現場の周辺道路を歩いていた。

草むらに沿った砂利道を、特に目的もなく歩くように見せながら、頭の中では荒木巌の沈黙を反芻していた。「誰に頼まれたか」に答えなかった理由。その答えは、神崎がすでに知っている方向にある。だから荒木は答えなかった。

(確認しても、意味がない)

その言葉が、頭の中に浮かんだ。

*  *  *

ジープが来たのは、その時だった。

砂利道の向こうから、星条旗のついたGHQのジープが、白い埃を立てながら近づいてきた。

神崎は歩みを緩めず、道の端に寄った。

ジープが止まった。

降りてきたのは二人だった。

ひとりはムーア大佐だった。CICの中でも上のほうにいる将校で、神崎は一度だけ姿を見たことがあった。顔が広い。目が細い。感情をほとんど顔に出さない男だった。

もうひとりは——杉田だった。

(なぜ、ここに)

神崎は思ったが、表情を変えなかった。

*  *  *

ムーア大佐は現場の方向へ歩いていった。

杉田はジープの後ろを開けた。中に、証拠袋が積まれていた。鑑識のラベルが貼られた茶色い袋が、五つか六つ。工具類だと、すぐに分かった。

杉田は袋をひとつずつ、ジープのトランクに移し始めた。

神崎は道の端から、三十メートルほど離れた場所でそれを見ていた。

(持ち去るのか)

証拠品だった。捜査のために残されるべき物だった。それがGHQのジープのトランクに収まっていく。

杉田は丁寧な手つきで袋を積んだ。最後の袋を入れ、トランクを閉めた。

その時、杉田が振り返った。

視線が、神崎の方を向いた。

*  *  *

目が合った。

二人の間に、三十メートルの砂利道があった。夏の午後の光が、その間に満ちていた。

杉田は何も言わなかった。

神崎も何も言わなかった。

(分かっている、と言っている)

杉田の目が、そう言っていた。

(分かった、と答えている)

神崎の目が、そう返していた。

ムーア大佐が戻ってきた。杉田が助手席に乗り込んだ。ジープのエンジンがかかり、白い埃を上げながら走り去った。

砂利道に、静寂が戻った。

神崎は煙草に火をつけた。

煙草の先から、薄い煙が細く立ち昇った。

(これで終わった)

丹羽庄司に向けられた証拠が、今、GHQのトランクの中にある。捜査は続く。しかしその捜査は、最初から決まった場所に向かって走っている。

神崎は煙草を最後まで吸い、地面に踏み消した。

砂利道を、来た方向へ歩き始めた。

― 続く ―

次章「六 判決」——東京に戻って三日後、玉菊に寄った。新聞の社会面に「松川事件、二十名を正式起訴」の記事があった。三名の死刑が求刑される見通しだという。幸子が聞いた。「知ってる人ですか」