田島重雄は、福島で骨董屋を営んでいた。
骨董屋というのは表向きで、その実態は地元の情報屋だった。旧陸軍の軍属上がりで、終戦後は占領軍に情報を売り、今はどの側の人間とも付かずに中立を保っている。神崎が第二話の潜入工作で一度だけ使ったルートだった。
「荒木巌という男を探している」と、神崎は店の奥で告げた。
田島は茶を啜りながら、表情を変えなかった。
「工兵上がりの」
「そうだ」
「……知っとる」
それだけだった。次の日の昼に、荒木の居場所が分かった。
荒木巌は、松川から三里ほど離れた集落で、農機具の修理をして暮らしていた。
五十代の半ばだろうか。日焼けした顔に皺が深く刻まれていた。目が死んでいた。表情が死んでいるのではなく、目の奥の何かが、もう動かなくなっているような目だった。
(この目を、知っている)
戦場から帰ってきた男の目だ。神崎は鏡で自分の目を見るたびに、同じことを思った。
荒木は農小屋の前で農機具を磨いていた。神崎が近づいても、手を止めなかった。
「荒木さん」
返事はなかった。
神崎は荒木の隣に立ち、煙草に火をつけた。しばらく、二人とも黙っていた。
「誰かに頼まれたのか」
神崎は静かに言った。
煙草の煙が、夏の終わりの空気に溶けた。
荒木の手が、一瞬だけ止まった。そしてまた動き始めた。
沈黙が続いた。
遠くで犬が吠えた。農小屋の影が、夕方に向かって伸び始めていた。
長い沈黙の後——
「……ああ」
荒木は、それだけ言った。
神崎は煙草を吸った。次の問いを出すまでに、少し時間をかけた。
「誰に」
荒木は答えなかった。
農機具を磨く布の音だけが続いた。
しかし、神崎には分かった。
荒木が答えないこと、そして荒木がどういう男であるかを考えれば——旧工兵の、戦争で目が死んだ男が、誰かの命令であれば動くような、そういう系統の人間が——答えは、ひとつに絞れた。
(旧軍の残党だ。しかし、旧軍の残党を動かせる存在がいる)
神崎は煙草を地面に落とし、踏み消した。
「……邪魔をした」
それだけ言って、踵を返した。
背後で、荒木が農機具を磨く音が続いていた。
神崎は振り返らなかった。