脱線現場は、まだ立入禁止だった。
赤と白のロープが、線路沿いに張られていた。警察の鑑識がひとりと、地元の巡査がひとり。昼前の陽射しの中で、二人とも汗を拭きながら立っていた。
神崎は百メートルほど手前で自転車を降り、草むらを回り込んだ。
旧軍の斥候訓練が、こういう時に生きた。
ロープをくぐったのは、巡査が煙草を吸いに小屋の陰に回った隙だった。
線路の上に立った。
枕木が数本、横にずれていた。レールの継ぎ目の部分が、大きく歪んでいる。犬釘——枕木にレールを固定する釘——が、数本抜かれていた。
神崎は折り畳み式のルーペを取り出した。
満州時代から持ち続けた、旧陸軍の情報将校用ルーペだった。倍率は八倍。傷一本の形まで見える。
犬釘が抜かれた跡の穴の縁を、丹念に観察した。
(工具の跡だ)
穴の内壁に、刃物で引っかいたような溝が残っていた。犬釘を引き抜く際に使われる工具——バールの一種——が、こすれた跡だった。
神崎は視線を動かさないまま、その溝の形を頭の中に収めた。
(これは)
幅が狭い。普通のバールより、刃先が細い。
旧陸軍工兵が使う、折り畳み式の犬釘起こし。携帯性を重視して刃先を薄く作った、民間にはない工具だった。神崎は満州の鉄道破壊訓練でその工具を何度も見た。手に取ったこともある。
一般人には分からない。警察の鑑識にも、おそらく分からない。
(旧軍の工兵だ)
ルーペを閉じ、神崎は立ち上がった。
線路の北側を見た。田んぼが広がり、遠くに山が見えた。夏の空が高い。風が少しあった。
三名の乗務員が、ここで死んだ。
神崎はゴールデンバットに火をつけた。
煙草を吸いながら、しばらく線路の上に立っていた。
(誰が、これをやったのか)
その問いに、神崎はすでに半分の答えを持っていた。そして、その答えを確かめることが、ここに来た理由だった。
遠くで、巡査が咳をした。
神崎は静かにロープの外へ戻った。