夕刊は五時過ぎに届いた。
神崎は浜田荘の卓袱台の前に胡座をかいたまま、それを手に取った。表面の活字が、夏の残光の中で滲んでいた。
見出しは、七段抜きだった。
* * *
神崎は読んだ。
もう一度、読んだ。
煙草に火をつけた。
「松川」という地名に、神崎は覚えがなかった。ただ「福島」の二文字が、何かの引き金を引いた。そして「国鉄」の文字が、その引き金を完全に落とした。
(また、国鉄だ)
一月の帝銀事件。三月の労組潜入工作。七月の下山総裁。七月十五日の三鷹。
今年に入ってから、国鉄という文字は、死の匂いと一緒に現れる。
* * *
記事を読み続けた。
脱線の原因は「線路の破壊工作」と見られる、と書かれていた。犯人は不明。捜査中。
その一行を読んだ瞬間、神崎の胸の中で何かが動いた。
(破壊工作)
煙草の灰が、卓袱台の隅に落ちた。
第二話で接触した国鉄労組の幹部たちの顔が、一人ずつ浮かんだ。杉田に渡した報告書の中から、こっそり外した名前がある。丹羽庄司。福島地区の委員。純粋な目をした二十九歳の男だった。
(丹羽)
神崎は記事を畳の上に置いた。
窓の外では都電が通り過ぎた。夏の夕暮れが、焼け跡の街に橙色の影を落としていた。蟬の声が遠くに聞こえた。
煙草を最後まで吸い、神崎は新しい一本を取り出した。
記事を、また読んだ。
福島。松川。列車転覆。乗務員三名死亡。
字面だけ見れば、それだけのことだった。
しかし神崎の皮膚が、何かを告げていた。
(これは終わっていない)
煙草の煙が、三畳の空間に細く漂った。神崎はそれを目で追いながら、何も言わなかった。
ゴールデンバットの箱には、あと三本残っていた。
― 続く ―