占領下奇譚 · 第三話「轟音の七月」

昭和二十四年七月五日、夜明け前

電話が鳴ったのは、午前四時だった。

神崎は眠れずにいたわけではなかった。ただ、昨夜のことが薄皮一枚の下に沈んでいるような眠りだった。受話器を取るまでの二呼吸の間に、神崎はすでに目が覚めていた。

「神崎さん」

杉田の声だった。

「江川総裁が見つかりました」

短い間があった。

「常磐線の線路上で」

それだけで、神崎には十分だった。

*  *  *

現場は北千住の手前だった。

夜明け前の空が青白く滲み始めた頃、神崎は現場に着いた。

線路の上に、白いシーツが被せられていた。周囲に日本の警官が数名。しかしその輪の外に、もう一重の輪があった。GHQの車両が三台。そしてその中心に、神崎の知らない顔があった。

背の高い米軍将校。がっしりとした体格に、几帳面に折り目のついた軍服。五十代の前半か。白い額に汗の粒が光っていた。

その横に、杉田が立っていた。

神崎は近づかなかった。

(ムーア大佐だ)

会ったことはなかった。しかし、その立ち方が命令書の差出人を告げていた。あの「直接来た」命令の発信源が、今ここにいる。

*  *  *

白いシーツの下に何があるかは、見なくてもわかった。

神崎はシーツの位置と、線路の方向と、周囲の地形を目で測った。

(ひとりで来られる場所ではない)

確信だった。

この時刻に、このルートで、この場所に、一人の人間が辿り着くことを想像した。江川は昨夜、公用車を降りてからホテルに入り、秘書も連れずに出てきた。それから先は、神崎には見えていなかった。

しかしここは——常磐線の線路だ。北千住の手前。駅からも、主要な道路からも、徒歩では来にくい。

(誰かが連れてきた)

あるいは。

(誰かが連れてきて、ここに置いた)

朝の光が、線路の錆を照らし始めた。

遠くで機関車の汽笛が聞こえた。神崎は煙草を取り出したが、火をつけなかった。煙草を指に挟んだまま、白いシーツを静かに見ていた。

シーツの下で、昨夜の温和な顔と疲れた目が、もう動かなくなっている。

五十四、五の、文具店の主人のような顔が。

― 続く ―

次章「四 現場の論理」——夜明けから一時間が経った頃、日本の警察が来た。ムーア大佐が一言言うと、警部は立ち止まった。「自殺」という言葉が、空気の中に溶けるように広がっていった。