健二が渋々了承したのは、六月の終わりだった。
「7月の平日、空いてる日に行こ」と由美が言い出したのは、万博が始まって三ヶ月が経った頃だ。「チケット取ったから」と言われて、健二は「え、もう?」と間抜けな返事をした。
「入場料7,500円か……」
翌朝の朝食で、健二はスマートフォンに表示されたeチケットを眺めながらそう呟いた。大人7,500円×2、さくらの子ども券が1,800円で、三人合計16,800円。ランチ込みで三万円近くはかかるやろな、と計算した。
「楽しみやな、パパ!」
さくらが麦茶を飲みながら言った。九歳の娘は、万博についての情報を学校の友達から仕入れてきたらしく、「ミャクミャクのぬいぐるみ買ってもらえる?」と前日から交渉を始めていた。
「考えとく」と健二は答えた。
当日、七月の水曜日。吹田の自宅を七時半に出た。御堂筋線で本町まで行って、中央線に乗り換える。夢洲行き。
車内はそこそこ混んでいた。平日だというのに、外国語があちこちから聞こえた。スーツケースを引いている人もいた。健二は吊り革を掴みながら、さくらの頭の高さを確認した。
夢洲駅に着いたのは、八時五十分頃だった。
改札を出ると、東ゲートに続く通路にすでに行列ができていた。百人は超えているだろうか。「平日やのにこんなに並んでんのか」と健二は思った。
列の後ろにつくと、前に神戸から来たという夫婦がいた。六十代くらい。リュックに万博のピンバッジをいくつも付けていた。
「はじめて来られました?」と奥さんの方が声をかけてきた。
「はい、今日が初めてです」と由美が答えた。
「うちは三回目です」と奥さんが言った。「開場したらすぐ、整理券が必要なパビリオンの列に行かはった方がいいですよ。九時半には埋まりますから。あと公式アプリで整理券を取るところと、現地で紙の整理券を配ってるところがあって、パビリオンによって方式が違うんです」
「そうなんですか」由美がスマートフォンを出した。「アプリ、入れてあるんですけど使いかたがよく分からなくて……」
「分かりにくいですよね、あのアプリ」と奥さんが笑った。「私も最初の日は全然使えなくて、夫に怒られました」
(こういう情報を事前に持ってる人は強い)健二はそう思った。
九時になると、係員のアナウンスが響いた。「ただいまより入場を開始いたします。走らないようお願いします」
そのアナウンスが終わりきる前に、列の中ほどから数人が駆け出した。
大声で話しながら走っていく。首からカメラを下げたまま駆け抜けていく人もいた。ゲート付近のスタッフが「お走りにならないでください!」と繰り返したが、立ち止まる様子はなかった。
「パパ走る?」とさくらが聞いた。
「走らん」
「あの人たちは走ってるのに」
「禁止やから走ったらあかん。あの人たちが間違ってるんや」
前にいた神戸の夫の方が、ため息をついて「毎回こうなんですよね」と小声で言った。
健二はさくらの手をしっかり握って、列と一緒にゲートへ歩いた。
東ゲートをくぐった。
目の前に、会場が広がった。
「でかいな」
健二は思わず声に出した。